久高島へ渡った。この島は神の島とよばれる。
私は、なんだか緊張してしまって、行くと決めた日から二日間あんまり眠ることが出来なかった。
民宿へ着くと、85歳のおばあさんが迎えてくださった。
足が悪くて、杖をついていた。
急にお願いして申し訳ありませんでした、と私が言うと、
来てくれてありがとうございます、と言ってくださった。
「黒糖そこに入っているから食べなさい。上等なはず。」
お部屋で少しお話をする。
「お姉ちゃん、いくつ?30?」
「その通りです!」
「落ち着いているからね。30代の人はいいよー」
ものすごく静かに、くしゃっと笑う。
「ここはなんだか、島中良い匂いがしますね、葉っぱの匂いかな。お花の匂いかな・・でもとにかく良い匂い」
「良い匂い?んー?するかねー?」
黒糖を頂いて、自転車を借りて、島を回った。
天気が良くて、本当に気持ちがよい。
ゴールデンウィークだったこともあって、人が多かった。
そのせいだろうか、
もしかしたら一歩も動けなくなっちゃうかも、というほどの緊張はどこかへいって、
ふらふら、のびのび、島を回って、夜、外でご飯を食べて戻ってきた。
お風呂をお借りして、出てくるとおばあが待ってくれていた。
「髪乾かしなさい。外にいればすぐ乾くよ−。おばあはいつも、暑いから外に座っているよ。
ああ、こわいか?おばけなんかいないから大丈夫」
おばあに言われると、色々ほんとうに大丈夫な気がしてくる。
(30っていうのも嫌だったんだけど、当てられて落ち着いてるって言われたらなんだか嬉しくなったのだった。)
そとにテーブルと椅子がある。空を見上げるとたくさんの星が輝いて
気持ちの良い風が吹いていた。
月はまだ出ていないようで、暗い夜になるなとふと思った。
前回来たときは本当に本当に怖かったのに、と思った。
家の中に戻って、私は緊張していたことを話した。
「緊張するかねー?ここにくるのがー?」
「色々なことを、聞いていたりしたので・・でも、もともと、緊張する性格だということもあるかもしれません。」
「そうかもしれないねー。お姉ちゃんおとなしいよー。」
「そうかな?おばあはさ、昔、この島の習慣で、夜に森の中とかに入って行かなくちゃ行けなかったんでしょう?怖くなかった?」
「怖くないよ−。みんなが一緒だから。」
「私はねー、まだ、両親と一緒に住んでいて・・・」
と色々な話をした。
そんなとき、
ドアの所にぬっと懐中電灯を持ったおじいが現れ
「きょーもお客さん居るのね−?」
と私を見て笑った。
ほんのちょっと、おばあと、私には分からない言葉で何か話すとすぐに消えてしまった。
「毎日この時間に島をまわっているよー。」とおばあがいった。
私も行きたくなって、追いかけた。
家を飛び出すと暗くてどこにいるかわからなかった。
「おじい〜」と勇気を出して叫ぶと、懐中電灯をぴかーっと付けてくれた。
「一緒に回っても良い?」
「毎日回っているさ〜」
「どうして?パトロール?」
「ウォーキング。一周15分。できたら3周するさー」
「へぇぇぇー」
おじいはしっかりとした足取りで、こっくりこっくり上下しながら、リズミカルに歩いた。
おじいはときどき、ピカーっと懐中電灯をつけた。
「あの家がおじいの家だよ。自分で建てたんだ。」
「えーー?自分で?」
「そーだよ。若いときは建設のおっきな会社で働いていたこともあったよ。この島にはいくつかおじいのつくった家がまだ残っているよ。
その後は自分で船を組み立てて、本島へ渡ったんだよ。今ではフェリーがあるけれども、昔はなかったからね。おじいが船の会社を作ったんだよー」
「えーーーー?」
おじいの懐中電灯と、
空の星が、
代わりばんこに輝いた。
1周しておばあのところへ帰ると、おじいが水を入れてきなさい、という。
生の三線を聞いたことがないなら、と
玄関に腰掛けたまま、歌ってくれた。
おじいは、民謡の楽しいリズムと対照的な、奥底に沈んだ顔をした。
2曲聴かせてくれた後、おばあとまた久高の言葉で会話をして、さーこれをおばあにもっていきなさい、と三線を手渡して、
「さーもう一周していくよ」と帰って行った。
おばあいわく、おじいの家の人が心配するから9時には帰らないと行けないと言うことだった。
もう15分も過ぎていた。
今度はおばあが歌ってくれた。
おばあは民謡は歌えないし、三線もうまくないさー、といって、
ゆっくりゆっくりひきながら、おばあが古典とよぶ歌を聴かせてくれた。
あー・・・と延ばす音が、喉の中で震えて、
いつまでも聞いていたい声だった。
「この島には、すごく不思議な声でなく鳥が居るよね?金鳩っていうんでしょう?」
「あー前は良く鳴いていたよ。誰かもの言うように鳴く鳥ね?今は、前とは違う声で鳴く。」
「え?」
「ものいうようによく鳴いていたけど、今はちょっと違うよー。」
「やっぱり間違ってしまう、私はこの歌気に入っているんだけどね−」と恥ずかしそうに笑って
お姉ちゃんひいてごらんなさい、と渡してくれた。
てんとんてんとん、てんとんてんとん、てんとんてんとん、てんとんてんとん・・・
これで歌えるんだよ−、と一番の基本を教えてくれた。
そうして夜が更けていった。
なんとなく明日、暗いうちに一人で日の出を見に行けるかもしれない、
そんな気がした。
(2)朝の月&日の出
朝、一人でまだ暗い内に外へ出て、浜に日の出を見に行った。
夜にはなかった月が出ていた。下弦の月。
それでも、ちょっとは怖くって、私があるくと横の道で何かががさがさする。
やどかりだったり、やもりだったり、鳥だったり、するんだろう!と言い聞かせて走り抜ける。
この島は神の島とよばれており、ニライカナイ(神のいる場所)の対岸と言われている浜がある。
私は、島の東に位置するこのイシキ浜の、真正面に太陽が昇るのだと思い込んでいた。
だからこそ神聖だと言われるのだと思っていた。
ところが、太陽は真正面ではなく、視界の真左から昇った。
植物や石やそこにある物全てが左から照らされた。
真正面、海の向こう側は、海と空。他には何にもない。
印のないその場所を、神の場所と呼んでいるのだと思うと、
なんだか、ふっと、自由な気持ちになった。
(3)朝ご飯
素泊まりだというのに、おばあは朝、
コーヒーを飲みなさい、パンを食べなさい、サラダも食べなさい、魚のマース煮食べなさい、ご飯も食べなさい。
と言ってくれた。
連休中は、お店が来ない(品物が本島から運ばれてこない)というのに、
自分のご飯を私に食べさせてくれようとする。
結局ご馳走になっていると、
おばあも一緒に食べているその魚の、美味しい部分を自分の器から私の器にうつしてしまう。
「これはアラ。おいしいから食べなさい」
魚の美味しい部分を、自分のお皿から渡してくれるなんて、親以外にやってもらったことがない。
なんだか言葉が全く見つからなくて、
おいしいおいしいとそれしか言えなかった。
この時も色々な話しをした。
「ハトヤマ」
おばあがテレビを見ながら漢字を読んだ。
「どうやったって変わらない。どうやったって無理かねー。
色んな人がこれだけ頑張ったって無理なんだから。ハトヤマさんも他の人も、これだけ頑張っているさ。」
「戦争になったら、沖縄が真っ先にやられるさ−。基地があるんだから」
私は、その時初めて、何かを認識した。
ハトヤマが駄目だとか言う言い方をおばあがしないこと、
渦中にあって、色んな思いをしてきてなお、おばあが静かに語ることを。
Sunday, 9 May 2010
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