研究室のメンバーも変わっていた。
あの時にいた先輩達は、誰もいない。
さまざまな研究所で、ご自身の研究をされている。
私も、とっくに卒業したのだが、どうしてか、
まだ今茂木さんと一緒に研究させてもらっている。
研究室の中のいちばんの古株になって。
そして、今度は、私が、このシンポジウムで発表をすることになった。
後輩の石川君と一緒に。
茂木さんや、郡司さん、池上さんという、
あの運命の時に、お話しをされた人達の前で、同じ場所で。
1月20日、21日という日程で、私の発表は21日だった。
茂木さんも、郡司さんも、池上さんも、個人的に本当にあれ以来お世話になっていて、
とくに今更緊張する必要などないような間柄ではあるけれども、
壇に立って、マイクを持って声を出した瞬間に、異常な緊張を自覚した。
声のコントロールがまったくきかず、震えてしまうのである。
言葉が出てこなくなって、焦った。
まったく、その瞬間まで、そこまでの緊張だという自覚がなかったために、
驚いてしまった。
20日の夜には、飲み会で、その日に発表された先生達に向かって、
言葉でかみつきさえしていたのに。
これは、ずるい、こんなはずではなかった、と思いながら、しゃべりつづけた。
私は、今の自分を、そのままに、言って良いということが嬉しかった。
実際にやれたことは、小さいし、びっくりするようなことなんか何もない。
あってもなくても良い研究。
でも、この場所では、自分の関心を、例え笑われるようなことでも、
あまり大事じゃないかもしれなくても、
本当に思っていることだったら、言っても良い。
私にとっては、ここはそういう場所だった。
他の学会では絶対にいえないようなこと。
それが本当に科学なんだということを、私は、私の科学の人生の最初に教えてもらった。後から、後から、自分が感謝の気持ちでいっぱいであることが実感された。
声が先に震えた。彼らの前で、正直に最大限、お話しできたことが嬉しかった。
終わってからは、何時間も、全く人の話が聞こえないくらいで、
まるで、夢の中にいるようだった。ようやく夢から出て、いまここに。
あの時にいた先輩達は、誰もいない。
さまざまな研究所で、ご自身の研究をされている。
私も、とっくに卒業したのだが、どうしてか、
まだ今茂木さんと一緒に研究させてもらっている。
研究室の中のいちばんの古株になって。
そして、今度は、私が、このシンポジウムで発表をすることになった。
後輩の石川君と一緒に。
茂木さんや、郡司さん、池上さんという、
あの運命の時に、お話しをされた人達の前で、同じ場所で。
1月20日、21日という日程で、私の発表は21日だった。
茂木さんも、郡司さんも、池上さんも、個人的に本当にあれ以来お世話になっていて、
とくに今更緊張する必要などないような間柄ではあるけれども、
壇に立って、マイクを持って声を出した瞬間に、異常な緊張を自覚した。
声のコントロールがまったくきかず、震えてしまうのである。
言葉が出てこなくなって、焦った。
まったく、その瞬間まで、そこまでの緊張だという自覚がなかったために、
驚いてしまった。
20日の夜には、飲み会で、その日に発表された先生達に向かって、
言葉でかみつきさえしていたのに。
これは、ずるい、こんなはずではなかった、と思いながら、しゃべりつづけた。
私は、今の自分を、そのままに、言って良いということが嬉しかった。
実際にやれたことは、小さいし、びっくりするようなことなんか何もない。
あってもなくても良い研究。
でも、この場所では、自分の関心を、例え笑われるようなことでも、
あまり大事じゃないかもしれなくても、
本当に思っていることだったら、言っても良い。
私にとっては、ここはそういう場所だった。
他の学会では絶対にいえないようなこと。
それが本当に科学なんだということを、私は、私の科学の人生の最初に教えてもらった。後から、後から、自分が感謝の気持ちでいっぱいであることが実感された。
声が先に震えた。彼らの前で、正直に最大限、お話しできたことが嬉しかった。
終わってからは、何時間も、全く人の話が聞こえないくらいで、
まるで、夢の中にいるようだった。ようやく夢から出て、いまここに。
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