Wednesday, 11 April 2007

positive energy

今日はひょんなことからCSLによって
柳川さん、関根君、篦伊くんと韓国料理の「チェゴヤ」でご飯。
関根君が、蚕の炒めたのを頼んだ。
関根君が今日、象の気持ち悪いダンスを踊ってくれたからか
私は見た目が変わった食べ物やクセのある食べ物がわけへだてなく苦手なのに、
ぱくりと一匹食べてしまった。
きっと後にも先にもこれ一回のことだと思うけど、
濃厚な味で、でも頭の中の衝撃の方が大きすぎて、しっかり記憶することができずに、
その味はもはや、そしてなぜか、美化されて心の中に刻まれることとなった。
楽しかった。

最近マリーナの講演を久しぶりに聞いていたら、
なんかいろいろはっとした。

「私には制限が必要です。私の人生の全ては制限を破ることにあります。
だから私は、私自身の心や体の制限を見つけて、簡単には克服できない課題を自分に課すのです。
私がやろうとすることは自分が苦痛で苦痛で仕方がないと思うことです。
自分の好きなことばかりをやることは、簡単であるが故に、
常に同じ状態に居続け、同じ間違いを何度も何度も繰り返すことになります。
だから未知で怖いことをしなくてはなりません。
私は、そのような反復が嫌いなのです。
パフォーマンスとは変化についてのことなのです。
(中略)
予想不可能な事態に晒され、リスクを引き受け、
精神的にも肉体的にも自分を限界においたら、その時、
どんな場所にあなたがいたって、アイディアはsurpriseとしてやってくるのです。」
(私の訳)

ならばリスクをとることも、失敗することも、結局、神の祝福。

私はなんとなく、
自分に正直でいたい。
Australiaにいって、私はどんなことをChalmersと話したいかな、とか
多分みんなのまえでトークをしなくちゃいけないだろうな、とか、
自分が本当に心の底から大事だと思ってることを話さなきゃ意味がないなと思って、
自分の考えを整理しているのだけれども、
自分に嘘のないモチベーションってなんだろうって真剣に向き合ってみると、
意外とその姿はぼやぼやしていてることに気がついて、
甘えなく、あらゆる仮面を取り除いた姿をみなくては、と思うようになった。
そして全体像は過渡期かなにかいっそう混乱してきてしまったけれど、
なんだか色々足りないパーツや誤摩化してるパーツは既にたくさん見えてきた。
こうなると勉強が楽しくなってきた。
鏡を通さずに、勉強って自分の心の姿をみようとすることなんだな、と何となく思った。
Marinaの魂に殉ずれば、ありのままの姿は制限であり、克服されるべき実体なんだろうと思う。

友達の言葉や態度のパワーってすごい。
根底の優しさってすごい。
そのpositive energyで
のびのびのびーっと風船のように天高くまでいけるきがした。

1 comment:

Chana said...

Thanks for writing this.