Friday, 20 April 2007

車窓から見える小さな黄色い花が畑を満たして揺れるのが好きで。

はっ。また、更新せずに日が経ってしまった。

春だから、きれいな色の服が欲しくなって、飛行機を調査しにHISにいくついでに、
新宿でふらっとお買い物。菜の花みたいな色のカーディガン。

家にずっといるのはなんとなく気がめいるので、
外の空気に触れるために喫茶店に行く事が多くなった。
歩けば、MP3を聞く時間ができるし、電車に乗れば、本が読める。行き帰りで別の本を読む。
喫茶店でも別の本を読む。
チャーマーズのをよまなきゃいけないとおもってよむと、全然進まないんで、
気が向くままに移り変わるのをよしとした。

その中の一つ、「人生の鍛錬ー小林秀雄の言葉」
読んでいて、決意を新たにした。

まず始めに信じよう。自分に安心を与えてくれる事が確かめられてから、信じるのではなくて、
まず始めに信じよう。直感の指差した人を、ものを。
私が信じる人が、ものが、素敵であればあるほど、
それらを本当に感じる事は、私自身が素敵にならねば無理だろう。
だから、まず信じて、どうなることも恐れずに、飛び込んでいこう、と、
(だって、こうなろうと思ってなにかすれば、こうなろう以上の実現はできないのだから。)
それで、「信じる」を死ぬまで成長させていきたい。

今はなんか全部が全部心配で、全部全部心配。何から何まで、しつこいくらい。
だけどころっと忘れたり。
春はゆっくりと茂る。今日家では筍の初物がとれた。


以下「人生の鍛錬ー小林秀雄の言葉」より抜粋。

「経験というものは、己れの為にする事ではない。相手と何ものかを分つ事である。
相手が人間であっても事物であってもよい、
相手と何ものかを分って幸福になっても不幸になってもよい、
いずれにせよ、そういう退引きならぬ次第となって、はじめて人間は経験というものをする。
そういう点に心を留めてみると、経験は、場合によっていろいろな事を、教えたり教えなかったりするだろうが、
たった一つの事は、あらゆる場合にはっきり教えているという事が解る。」

「風景に対する愛や信頼がなければ、風景画家に風景というものは存在しない。
そうして出来上がった風景画は、見る人に愛や信頼を要求している。
かような要求に共鳴するからこそ、美しい形の知覚は、動かしがたく、堅固なものになるのである。
かくの如きが、美しい形の持つ意味なのであり、意味を欠いた美しい形は、忽ち安定性を失う。」

2 comments:

kanade said...

心配なの?大丈夫なふうにしかみえない。だいじょうぶだよー。筍が家でとれるって自慢できるね!

Ayako said...

かなでさん、ありがと。げんきかな。