Saturday 25 July 2020

青い傘

毎日雨が降っている。以前と違って、どさっと降る。
折りたたみでは間に合わない。
私の使っている長傘は、母の病気がわかるしばらく前に、一緒にお店に行って選んだ青い傘で、
母は、「とても良いね」と言って買ってくれたわけで、心から気に入っていたからか、病気になってから「この傘は自分のだ」と主張することが増えていった。
私が持って出ようとすると、「まあいいよ、貸してあげるよ」と言うのだった。
しかし最近では、そんな風に自分の好みを主張することもなくなって、傘の取り合いもなくなった。
それで再び青い傘は私の傘になった。

数日前、用事があって久しぶりに東京に出た。どれだけ雨が続いてしまうのだろう、と茫然とする毎日の中で、ひさしぶりに晴れ間が見えた。
うれしくて、上下鮮やかなブルーの服を着た。
夜、気心知れた少数の人たちだけで短く飲んで、新宿で別れた。
久しぶりに人に会うと、うれしくて調子に乗りすぎて、言い過ぎてしまったかなと、一人で電車でゴトゴト揺られるにつれ、不安な気持ちでいっぱいになっていった。
自分の駅に降り立ったら、東京に比べて灯りもない真っ暗闇で、土砂降りの雨だった。
ふと見ると私の手に青い傘がない。
調子に乗りすぎて、のんだ場所に忘れてきたのだと思った。
急いで電話を掛けた。ありませんという返事だった。
昼間の場所かと思って、電話を掛けたら、夜だから誰もでなかった。
寄った駅のお手洗いかもしれないと思ったけれど、駅の電話番号が、お忘れ物係にかければいいのか、どこにかければいいのか、パニックで探し当てられなかった。
落ち着こうと思って、雨の中外に出た。
タクシーを待つ長い列ができていた。
コンビニへ方向転換して歩くうちに涙が止まらなくなった。けれど、どうせ体も濡れたし、マスクもしてるし、ビニール傘を一つ選んで、泣いたままレジに向かった。
そのままとぼとぼ家路についた。
あの傘は写真にもきっとうつっていない。傘になんて普通注目しないし、雨の日に外でなんか写真撮らない。大体、千円くらいのやすい傘だし。青くて、いくつか花が描いてあった。一番の特徴は、母が最後に選んでくれた傘ということ。
家に着いたら、父と母の寝室にオレンジ色の電球が灯っているのが見えた、もう寝てる。
号泣しながら玄関を開けたら、青い傘がいつものところに掛かってた。

そうだ、今日は晴れていた。だから傘はそもそも持っていかなかった。青いイメージは自分の服。人に会う喜びに化かされた一日。