Saturday 11 February 2012

Max Klinger

ルドン展で、マックス・クリンガーの銅版画、『A Glove(手袋)』シリーズに出会った。

これは、マックス・クリンガーが、美しい女の人が落とした手袋を拾うところから始まるシリーズ。

この中の『Homage (敬意)』では、海に突き出した岩の祭壇に、手袋が海の方を指して落ちていて、そこへ、海からバラの花がそれはもう大量に、どんぶらこっこと流れてきている。

一目で好きになってしまった。
いくら、感謝してもし尽くせないほどの、ばら。
何でそこまで手袋なの、というくらいのシリーズで、
あまりにも過剰で、どこか笑っちゃうと同時に、
ひたすら恐ろしく。
この人を好きになった。

彼女を「表す」手袋があって。
彼女はそこにはいない。
手袋自体が彼女となって。
もしかすると、彼女よりもおっきなものかも知れない。
そして、さわやかにすら感じられる、単純な、たくさんのたくさんの敬意。

私の持つ敬意も、どこか似ていた。
でも、最近は、神格化するよりも、真っ直ぐにみれたらというようなことも思う。

Wednesday 1 February 2012

1月31日のお年賀

The Big Issueという、ホームレスの方々が売っている雑誌がある。
二週に一度発行される雑誌で、一冊300円、そのうち、160円が販売者のお金になる。
貯めたお金で、また雑誌を仕入れ、あまったお金で宿泊施設に泊まるなどして、また、
貯めていくことで、アパートを借りて住所を持つということを目指す、というようなシステムだと聞いていた。
住所がないと、仕事を探す登録すらできないとも聞いていた。

この間、路上でこの雑誌を売っている人がいて、
草間弥生が表紙で、なんとなく、目があって、どきどきしながら、
くださーい、といって一冊買った。
「ここ、良く通るの?」
「はいー、時々通ります。」
「ああ、そう、あのね、まだあるからね、お年賀あげようね。」
「えー?」
「はい、僕は毎年こうしているから。」

5円玉と、5円玉の間に、50円玉がサンドイッチされていて、緑色のひもでむすばれたものと
手書きのお手紙が入っていた。
「お客様へ
平成24年一月吉日。
旧年中はお世話になりました。本年もよろしくお願い致します。」

なんだか、ものすごく感動した。
お年玉をもらった小学生のような気分になった。

どうしていいかわからず、おじさんをみたら、
にこにこしていた。

The poor are wise, more charitable, more kind, more sensitive than we are. In their eyes prison is a tragedy in a man's life, a misfortune, a casuality, something that calls for sympathy in others. They speak of one who is in prison as of one who is 'in trouble' simply. It is the phrase they always use, and the expression has the perfect wisdom of love in it. With people of our own rank it is different.
(中略)
If I got nothing from the house of the rich I would get something at the house of the poor. Those who have much are often greedy; those who have little always share.

from Oscar Wilde 『De profundis』