Friday, 13 January 2017

A porcelain

My grandpa explores my hand like an antique tea cup. He has blinded the eyes, and the memories too. I say in the mind “Continue up the arm and the shoulder, and you reach my face. I’m here.”  Touching my hand to make sure of the thickness and the texture, he screams out for somebody to be near. My hand becomes a porcelain. I say “I’m here” out loud. I am divided into the voice and the porcelain. No longer the whole. 

Sunday, 25 December 2016

最高の結果を引き出す質問力

11月、約半年間編集協力させていただいた『最高の結果を引き出す質問力』が発売になりました。
茂木さんの本に携わらせて頂くと、いつも、作り途中に自分の人生が変わっていることを実感します。
今回は「どんなに絶望的な状況に思えても、やれることはいっぱいある。」
「普段の生活の中でも、工夫できることは無限にある。それをやらないで落ち込んだり、文句を言うだけになったりしてはいないか。」というメッセージを受け取って、
まだ練習中ですが、前よりずっと楽に生きられるようになりました。

茂木さんはこの本の中で、「鍵となる質問が出せること」が重要だと言っています。
鍵となる質問が出せる、というのは、普段漠然と悩んでいることを、実際に物事が一つ動くように、具体的に自分がアプローチできる問題に書き換えるという意味です。
「上司に怒られてばかりでつらい。どうしたらいいんだろう」と漠然と悩んでいるならば、「この人が怒る理由は何なんだろう?」と自分で質問して冷静に観察してみる。
そうしたら、私だけに怒っているわけではなく周りの人にも怒っているということが見えてくるかもしれない。
だったら、私が問題なのではなくて、その人自身が別のことでプレッシャーを感じている時期なのかもしれない。
ならばその人の負担を軽くするような手伝いを探せたら、もしかしたら状況はよくなるのかもしれない。
体調が悪い可能性もある?ならば病院に行くことをすすめてみる。
その人にはそういう感情のサイクルがある?ならば少しの間そっとしておく。
とにかく、仮説を立てて具体的にアプローチができる問題に書き換えてみる。
仮説は全部はずれて、全く状況が変わらない、それどころか悪化するということもありえるけれども、
ある状況に対して、自分で仮説を立てて工夫ができる、ということが質問力なのであって、「やりようがある」ということに気付き、その力がつくことで、救われていく側面があることは事実だと思いました。

鍵となる質問を出すとは、つまり、自分がとにかく一歩動く、ほんのちょっとでも良い方向に物事が動く可能性があることを考えて、実際にやってみる、(とりあえず結果は問わない、)という軽い一歩のことなのだと私は理解しています。

余談ですが茂木さんは、先日、
「あれもやらなきゃ」「これもやらなきゃ」「それなのにこれも入ってきた!」と私がパニックに陥りそうになっていた時、「アルゴリズムで生きろ」とおっしゃいました。
ついつい完璧を目指してしまうから、「ああ、とても時間内にはできない」と思ってしまうけれど、
アルゴリズムで生きるというのは、
締め切りはいつだからこれに与えられる時間は何日、あれには何日、と冷静に計算して、その時間しかさけないのなら、その分でできることをやればいいということ。
完璧を目指したらいつまでたっても終わらないから、何もできなくなるより、できる分だけやる生き方。
さらに別の予定が入ってきたり、病気になったりして、状況が変わったら、また計算し直して、やれる分だけやる。
やれない分はやれないのだからしょうがない。
アルゴリズムで生きることができる、つまりやれることを自分で考えて生きることができると、着実に経験は積み重なるとともに、不思議と人生が楽しく、軽やかになってくるのだと私は今実感しているところです。
たとえ絶体絶命の状況だと思っても、できることは、その中にはなくても、その外には、意外とあるのかもしれません。
そんな風に私自身が思わされたので、その茂木さんの哲学が伝わるように、編集協力させて頂いたつもりです。

やれる一歩を確実に出す練習をするために、この本がみなさまの助けになったら幸いです。

Amazon(最高の結果を引き出す質問力)






Sunday, 11 December 2016

The idealized box

As a child, by trial and error, I learned “if A, then B”.
If my hand touched things this way, they moved that way.
My action seemed to cause specific reactions, which made me want it happened again and again.
For only a moment of the touch, things were as if in darkness lit up together with me, and I wanted it to be lasted.
The round warm lights came to last, one by one enlarged the world of me, and grew to a bright square box, which began to slide, carrying me.
The inside had to be pure white, the outside was just a shadow.
The box was supposed to slide smoothly until the end I could not even imagine to grasp.
One day, the mainstay of the box cracked and the box rattled and oppressed me.
Each try to rebuild the mainstay with all my strength went good or bad by chance, while the box as a whole seemed to move down, oddly. It might be toward the end I came to be slightly able to imagine to grasp.
The outside world turned up, now taking a form of rugged rocks with strong shading, in which people were wandering around separately.
The resistance of the mainstay was the response of the real world to me.
Relatively the box became smaller and smaller, finally a boy came in and kicked it up into the air.
Farewell, my idealized box.

(Spoken words poetryのための作品No2.)

Thursday, 24 November 2016

San DiegoでSpoken word poetryをついに見る

Society for NeuroscienceでSan Diegoに行く。
3万人が集まる脳科学では最大の学会であり、幕張メッセのようなコンベンションセンターにぐねぐねとポスターが並び、毎日、また午前午後で入れ替わる。
あまりに広すぎて蟻にでもなった気持ちになるが、
歩いているだけで何が流行かはつかむことができる。
今回学会と同時に楽しみにしていたのは、Spoken WordsのLiveを聞くこと。
アメリカには、音楽のライブと同じように、大勢の目の前に立って言葉を話す、それに人が熱狂する場所があるらしい。
そういう詩のライブをみてみたかった。
San Diego, Spoken words eventsで検索すると、こんなカレンダーが出ていた。
http://www.poetryinsandiego.com
Open Micといって誰でも飛び入りで立てるような日があることにもドキドキする。
カフェで行われていることも多いようだ。
今回、学会のスケジュールの都合で行けたのは、Rebecca'sというカフェのOpen Micの日。
憧れのSarah Kayの様子などを何度も頭に描きながら、
脳科学の人々の場所を出て、ホームレスの人々のすごすトラム駅、閑静な住宅街、Bill Brysonの『walk in the woods』にでてきそうなtrailのある野性味溢れる公園、
一歩一歩通り過ぎて、ようやく着く。
入り口のドアには"Leave your worries at the door."と掲げられていた。
フー、息をついて入ると、
オレンジの暖かい照明に、一つとして同じ素材、同じ形のない、机やソファー。
そこに若者が10人組とか3人組とかで入っていて、
みんなコンピュータを開き、文章を書いている!
かっこよすぎて、ドキドキしながらあいている奥の席に座る。
みんな一体何をやっているんだろう、何を書いているんだろう、、
マイクの前に立つ直前の詰めでもやっているのだろうか。
すぐにはじまるんだろうか。
各自が作業に没頭していて、私がきょろきょろ見回していても、誰も私を気にしないし、
すぐに注文を聞きに来る人も居ない。

目に入る全てが新しく、そのままじっと座っていた。
しかし気持ちが落ち着いた後も、何も始まらない。
注文をしにカウンターへ立つと
結局、残念ながらこの日はなくて、今度の火曜日、ということだった。
San Diegoのダウンタウンから歩いてきたことを話すと、静かな物言いで、
「あらあらそれは大変。まずはお水を飲みなさい。」とたっぷり注いでくれた。
その人がレベッカさんである。
人を焦らさず、誰でも居させてくれる。ゆっくり、個人を見てくれるお店だった。

Spoken wordsはなくっても、文章を書いている人たちばかりの喫茶店。
コンピュータをもってこなかったので、ノートを開いて、みんなの真似をして、書いている本の構成を練る。
あっという間に夜になった。

そうしてこの日は終わって、火曜日。やっぱり向かった。
今度こそ、今度こそ、見られる!
あのドアを開ける、開けよう、というとき、おじいさん、おばあさんが三人連れだっていらっしゃる。
焦っちゃいけない。after you.
もう一度、息をついて中に入ると、
お年寄りたちがステージの目の前のソファーにゆったりと座って談笑している。
この間とは客層が違いすぎて、あれ?Sarah Kayは?という気持ちになったことは事実。
だけど、彼らが、舞台に立ちマイクの前で詩を読むために集まっているのである。
18時半に来て、エントリーして。
まったくすごいなあ。。。
10人くらいのすごく落ち着いた会ではあるが、一人一人の言葉をしっかりきいて拍手を送る。
あるおじいさんは、人の詩をきいていると、色々とインスピレーションを得るようで、ノートに何枚も書き付けていた。
「死とは」「愛とは」と彼らが次々舞台に立ってマイクの前で語る言葉の中で、私が聞き取れることはそんなに多くはなかったのだけれど、とにかく一時間の彼らの世界を呼吸した。

帰りの飛行機の約11時間のフライトで、全然寝付けなかったとき
ぼうっとした頭で蘇ったのは彼らである。私も詩を書いてしまった。すみません。
とにかく彼らの自由、勇気を胸に帰宅。

A Poetry Reading at Rebecca's in South Park





















With R.

Wednesday, 23 November 2016

The Hands

The hands used to take me to the umbrella shop, to the butcher’s, to the bakery, and to the ballet studio, 
while my mother was at work, with putting me on the back of the bicycle.
The fingers turned a hundred pages of the books the hands bought for me, 
fairy tales, old tales, and novels, and pointed the numbers on the fluorescent multiplication table.
When my grandma was absent, the hands put a pot on the stove and boiled instant noodles 
with lots of cabbage for a secret snack between us.
The hands remember me, even though his vision and hearing, and all episodes are gone, 
hold my hands, tighten and loosen, and make gentle smiles on his face, and on my face. 
Only through the warmth we connect each other. 
I still have the warmth, which keeps me away from his place. 
The hands never let me go.

Monday, 5 September 2016

美術の人たち

大学院に入って、茂木さんのところで脳科学を学び始めたちょうどその頃、
茂木さんは、東京芸術大学で週に一度授業をしていた。
自然に私も授業にもぐらせていただくことになって、
美術の世界の人たちと知り合うことが出来たのだった。

それによって、私の人生は変わったな、と思う。

一番変わったのは、人生で一番大切にするものは何か、という点。
世の中には、正しい/正しくないという清い倫理で生きる道と、
清濁併せ持った「質感」というものを大切にして生きる道の、
二つがあるのだな、ということを知った。
そして、救いのあるのは、後者だということもまた。

私の知っている美術の人たちには、
正解と不正解という概念がないようで、
例えば、私がやってしまった「失敗」を彼らに話した時には、
彼らの反応の中に、
気にするポイントが違うんじゃないか、という強い圧力や、
そこじゃない、大丈夫だ、という優しさを
繰り返し繰り返し感じてきた。

人の中に、その人にしかない質感を、見つけだすことに最大の喜びを感じるらしい人たち。
だから、その人のどうしても繰り返す失敗どころや、なかなか変わらないその欠点こそが、
ぎこちなくて、むしろ、最高においしいものとして、受け取られることがあるということ。

なにかがうまくできたり、できなかったりすることと、
その人が生きているということは、
全く関係がないことなんだ、というのを、
彼らは体で知っているように見える。

たとえば、私が、彼らのいう「質感」は、どういうものかとずっと考えてきて、
今言えるのは、こんなこと。

上野御徒町に、蓬莱屋というとんかつさんがある。
ここは映画監督の小津安二郎さんが愛したお店だ。
緊張するほど綺麗なお店で、出てきた器も美しくて、なんどもゆっくり火を通されたとても繊細なお肉で、おいしかった。
ある時、突然にわかった。
あ、これは、ほかのどこでも味わうことができないものだ、
すさまじくおいしい、
ということが。
おいしい、とはずっと思っていたけれど、
あるものが、心の中で唯一性を獲得すること、
それを、質感というのだと、
そのときはじめて理解した。

「質感」というのは、なににも分解できない。
有名な小津さんが愛したお店、どんな油をつかっている、どんなお肉をつかっている、
とどれだけ説明されてもダメだった。
繰り返し繰り返し自分の記憶に蓄えて、
ある日体が雷にうたれて、ピントが定まるみたいに、他にかわりが無いと知る、そんな体験のことだ。
自分でも繊細でおいしい、と思っていたのに、ある瞬間まで「特別」にならなかったのだ。
はっきりと自分の体験の中で、ある場所を占めること。
それは逆説的だけれど、どんな言葉も失ってしまう体験だった。

その「質感」が、この世の全てのものに、あるとしたら。
それこそが、学ぶべきものであるとしたら。
味わう、ということこそが、人生で一番大切なことだとしたら。

美術の人たちは、とても、優しい。

私には、その気付きは、自分の持っている言葉を全部見直さなければならなくなるような、体験だったのだ。

誰かが誰かであることを説明するのに、どんな言葉だったらぴったりなんだろう。
目の前にいる人、目の前にある作品、その「質感」を本当につかむことができるかどうか、
その「質感」にぴったりの言葉を探すこと、それが私のやりたいことになった。

だからここでは、美術の人たちに教えてもらった「質感」を大事にする生き方を、
言葉を通して、探っていきたい。

そんな気持ちで、はじめます。


(*上記は2015年11月にある企画のために書いた文章です。それがなくなったので、いまさらですが、ここにアップしてしまいました。)

Friday, 5 August 2016

竿燈祭り残像

七月末ルノワール展で、『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』の前に立っていたら、
小学生くらいの女の子が列の一番前にさっと入ってきてiPhoneを構えた。
あれ?写真撮って良かったんだっけ、と思った瞬間、
彼女はフリック入力で猛烈に文章を書きだした。
そしてまた顔を上げて絵を見ては、また目を落としてフリック入力をする。
この子、心に浮かんだこと、消えないうちにこの場で書き付けてる!
文章でやるスケッチだ・・・。

とってもいいなあ、、と思った。それで8月3日秋田の竿燈祭りでやってみた。


竿燈の下にどんどん竹がつぎたされていってどんどんどんどんたかくなるんです。
どっこいしょー、どっこいしょー、ってかけごえで、永遠にかかげていくんです。
下でささえるひとはひとりだけ。
50キロもある、ろうそく入りの提灯がたくさん付いた竿燈だから、
人が竿燈をコントロールすると言うより、竿燈に人が着いていかなきゃいけない。
一番上の提灯から目だけは絶対にそらさないようにすることでバランスを保つらしいです。
ささえきれなくなりそうになったらすぐ、まわりに人がスタンバイしていて受け渡します。
どうしてそんなに簡単に渡せるのかわからないゆらゆらした高い高い棒なんです。
つまり下の人間はくるくる入れ替わり、うえは稲穂のように高く高くのびてゆれているんです。
ときにその火のどっさり付いた提灯の穂がたおれてくるんです。
人間は、優雅なあひるの水面下の足の動きみたいです。
でも、最後の合図がなるまで入れ替わり、立ち替わり、倒れては起こして、何度でも掲げつづけます。
しなやかにのびる竿燈を支えるには、自然にへんてこな姿勢になります。
むしろ人間はそのへんてこにこそ超絶挑むんです。
おでこだけで支えたり、
ぷりっとおしりを突き出して、腰一点で支えたり、
全く信じられません。
まるで空でも持ち上げるように両腕の関節という関節を90度に曲げて、その体勢はまるでひょっとこです。
だけどその腰一点で支えられられる男の人は、最高にカッコいいのです。
どっこいしょー、どっこいしょ、どっこいしょー、どっこいしょ、永遠に回り続ける人間が、永遠に優雅に伸びた竿燈を支えていました。

資料館で見せて頂いた技。右の鉢巻きのおじさんまで入れ替わる。




























女の人はお囃子によって竿燈を導く