Sunday 21 April 2019

ある日の出来事

4月某日。父からラインで「ママがいなくなった」と連絡があった。
母が合唱が好きなので、自分たちの暮らす駅近くの歌のイベントにいったとき、
トイレで男女に分かれたときに、父が出てきたら、母がどこにもいなかったらしい。

母はGPS付きの靴を履いてくれている。
父と散歩に出る習慣があって、ほぼ毎日履く癖がついているから、
その日もこの靴を履いてくれていて、よかった。

携帯で位置検索をしてみたら、そのイベント場所と家の間くらいに居る。
どうも家に向かって歩いてきているようだ。
5分後また検索してみたら、もっと家に近づいていた。
地図上に、ぴしーーっとピンポイントでマークが出て、本当に頼もしかった。

母は父がいないので、一人で歩いて帰ってきたのだった。
駅から家までの道を母はまだ覚えていた。
どうも女性トイレが混んでいたため、入らないで出てきて、
父がいないので家に向かったようだった。

母の行方がわからなくなったのは、今回がはじめてではない。
昨年秋に、私が名古屋に授業に行っている日に、父から「いなくなってしまった」と連絡が入った。
(このときの出来事がきっかけでGPS付きの靴を購入した。)
デイサービスに通い始めてすぐくらいのときだった。
母が週一で通うことにしたそのデイサービスは、
なんというか、デイサービス感のないところである。
母は、まだ60代であり、体はとても健康で、体力がある。
家の近所のデイサービスはこの場所以外だと平均年齢80代で、
そこになじむことは難しいのではと、ケアマネージャーさんからご紹介いただいた。
スタッフの方々が、まるでディズニーランドのような制服を着ていて、
運動機器があり、料理教室があり、手芸教室があり、やりたいことをその日の気分で選べる。庭を散歩しに出ることもできる。
そこに行って、いままでやったことのないことをやって、新たな趣味ができたら嬉しい、
わたしがダンスを習いに行っているように、習い事にいくような感覚で行けたなら、すごく希望があると思った。

「なにかやりたい」と自分から母が言えるかどうか不安だったけれど
一応迎えのバスに、すんなり乗って、元気な顔で帰ってくる。
「どうだった?」と聞いても、覚えていないから、本当に大丈夫なのか確認することはできない。元気な顔で帰ってくることが、大丈夫な証拠だと思うしかない。
自分が作ったクッキーなり、手芸の作品などを見せてくれ、「どうこれ?」と誇らしげに言われるときもあれば(そういうとき「かわいいね」というと嬉しそうだ)、「これ誰が作ったのかしらね」と言われるときもある。
私が幼稚園のときは、母もこういう気持ちだったのだろうか、と思う。
先生に、ちゃんとやれてるか逐一ききたい、というような。

話は戻る。そこに通い始めたばかりのころ、
母はそのデイサービス施設からいなくなってしまったのだった。
ふと目を離した瞬間に、いなくなっていたらしい。
お庭に出る人と一緒に、出てしまったのかもしれない。
何時間もスタッフの方、ケアマネージャーさん、父が探し回ってくれて、
ようやく夕方見付かったのは、
その施設と家とのちょうど中間地点だった。
施設から家までおそらく7,8キロだろう。

母にどうしていたの? 何があったの? 施設がいやだったの? と聞いても
彷徨ったことすら忘れてけろっとしていた。
「そんなことないわよ」と言われただけだった。

何日か経って、父と母が散歩に出て、あるファミレスに寄ったら、
店員さんに「この間大丈夫でしたか?」と言われたらしい。
あの日、母はいつも父と寄るこの店に入って、
窓際に座って、ずっと外を見ていたらしい。
父が来ないかとずっとまっていたらしい。
お金を持っていなかったし、何もたのまなかったという。
それなのに、母を長く居させてくれたこのお店には、感謝の気持ちで一杯で、
今思いだしても涙が出る。ありがとうございます。

とにかく母は、施設から出て、家に向かって、ファミレスに寄ったり、いろいろしながら、歩いてきたのである。

どうして今日こんなことを書いているかというと、
認知症で徘徊というようなことが言われるけれども、
徘徊と言っても、家に帰ってこようとして迷ってしまうパターンもある、ということを言いたくなったからだ。
家から出て行ってしまうパターンだけじゃない。

家に帰りたいという気持ちをもってくれていて、本当に嬉しい。
そこはママの良いところだから、大事にしないと、と思う。

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