『脳科学者の母が、認知症になる』の発売日が決まったと、
河出書房新社の高木れい子さんからお知らせいただきました!
2018年10月18日木曜日です。
Thursday, 11 October 2018
Sunday, 30 September 2018
はじめての本
河出書房新社から、私のはじめての単著を出して頂くことになりました。
河出書房新社の高木れい子さんには、手取り足取りご指導頂き、
この本の方向性自体を見出して頂きました。
校正を担当して下さった方、イラストレーター、デザイナーの方、
形にして下さった河出書房新社に心より、御礼申し上げます。
ありがとうございます。
またこんな風に形にしていただけるなんて思ってもみない、
もっと、もっと前の段階で、
何度も原稿を読んでくれた友人達に感謝します。
とくに石川哲朗さんには、一部、事実確認を一緒にしてもらったり、
細かな文章の指導までいただきました。
ありがとう。
約三年前、自分に降ってきた現実に対して、
「どうしたらいいんだろう」「いったいなんなんだろう」
と気持ちのやり場がなく書き始めたものでしたが、
(もちろん、今だって同じ気持ちはもっているものの)
最後には、書いている一秒一秒が、楽しく、愛しい、
そんな風になっていました。
認知症と診断された方、認知症かもしれないと不安を持っている方、
またご家族の方、
そして、認知症とは関係なく、「私が私であるってどういうことなのだろう」
と思っている全ての方と、
お話ししたい気持ちです。
楽しく読んで頂けると、とても、とても、嬉しいです。
母の行く道は、私の行く道でもあると思っています。
恩蔵絢子拝
河出書房新社のホームページ
アマゾン
もしもお読み頂けたら、また、ご感想いただけたら、幸いです。
河出書房新社の高木れい子さんには、手取り足取りご指導頂き、
この本の方向性自体を見出して頂きました。
校正を担当して下さった方、イラストレーター、デザイナーの方、
形にして下さった河出書房新社に心より、御礼申し上げます。
ありがとうございます。
またこんな風に形にしていただけるなんて思ってもみない、
もっと、もっと前の段階で、
何度も原稿を読んでくれた友人達に感謝します。
とくに石川哲朗さんには、一部、事実確認を一緒にしてもらったり、
細かな文章の指導までいただきました。
ありがとう。
約三年前、自分に降ってきた現実に対して、
「どうしたらいいんだろう」「いったいなんなんだろう」
と気持ちのやり場がなく書き始めたものでしたが、
(もちろん、今だって同じ気持ちはもっているものの)
最後には、書いている一秒一秒が、楽しく、愛しい、
そんな風になっていました。
認知症と診断された方、認知症かもしれないと不安を持っている方、
またご家族の方、
そして、認知症とは関係なく、「私が私であるってどういうことなのだろう」
と思っている全ての方と、
お話ししたい気持ちです。
楽しく読んで頂けると、とても、とても、嬉しいです。
母の行く道は、私の行く道でもあると思っています。
恩蔵絢子拝
河出書房新社のホームページ
アマゾン
Sunday, 23 September 2018
そんなこともしらなかった、と思うこと。
昔、海外を旅行するときなどに、
英語が話せなかったり、
その場の常識を知らなかったりして、
恥ずかしくて縮こまっていた。(いまでもだけれども。)
なにもしないように、目立たないようにしていたし、
なにかやるにしても
この行動、合っているかな?という風に考えていた。
だけど。
ある場所に、自分が適応できるか否か、
受け入れてもらえるかどうか、
と考えるのではなく、
自分の意思であれ、たまたまであれ、
ある場所に行ってしまった以上は、
そこに自分がいてしまうのだから、
自分もその場所の構成員である、
と思うようになったらとても楽になった。(相変わらず引っ込み思案だけれども。)
誰が内部者で、誰が外部者で、というのではなくて、
その場にその瞬間いる、ということで、
一人一人が「その場」を支える責任者なのだ、と思うようになった。
英語が話せなかったり、
その場の常識を知らなかったりして、
恥ずかしくて縮こまっていた。(いまでもだけれども。)
なにもしないように、目立たないようにしていたし、
なにかやるにしても
この行動、合っているかな?という風に考えていた。
だけど。
ある場所に、自分が適応できるか否か、
受け入れてもらえるかどうか、
と考えるのではなく、
自分の意思であれ、たまたまであれ、
ある場所に行ってしまった以上は、
そこに自分がいてしまうのだから、
自分もその場所の構成員である、
と思うようになったらとても楽になった。(相変わらず引っ込み思案だけれども。)
誰が内部者で、誰が外部者で、というのではなくて、
その場にその瞬間いる、ということで、
一人一人が「その場」を支える責任者なのだ、と思うようになった。
Thursday, 14 June 2018
オーストラリアおいしかったもの
Cappuccino (コーヒー ラージ)AUD5
Little creatures(ビール tapから)AUD7.5
Chardonnay (冷たい 白ワイン グラス)AUD10
Angus burger (牛)AUD22
Tom Yum soup (スープ)忘れた
最近思っていたのは、やらなければならないことに追われて、振り返る暇もなく、とにかく、「あれをやって、次にはあれをして」と、粛々と体を動かしていて、あっというまに毎日過ぎてしまうけれども、
もしも振り返ることができたときには、その時間は濃密に、とても長い時間に蘇ってくるということ。
「ああ一瞬だった」と思う出来事は、思い出の中では「長い」ものになる、ということ。
だから粛々と。思い出すことをいつか必ずやるという条件で。
Little creatures(ビール tapから)AUD7.5
Chardonnay (冷たい 白ワイン グラス)AUD10
Angus burger (牛)AUD22
Tom Yum soup (スープ)忘れた
最近思っていたのは、やらなければならないことに追われて、振り返る暇もなく、とにかく、「あれをやって、次にはあれをして」と、粛々と体を動かしていて、あっというまに毎日過ぎてしまうけれども、
もしも振り返ることができたときには、その時間は濃密に、とても長い時間に蘇ってくるということ。
「ああ一瞬だった」と思う出来事は、思い出の中では「長い」ものになる、ということ。
だから粛々と。思い出すことをいつか必ずやるという条件で。
Wednesday, 13 June 2018
Darwin to Kakadu (つづき)
Nourlangie
Ubirrから車で一時間ちょっと、
Nourlangie(もちろんここもKakaduのなかである)もアボリジニーの古い壁画が見られる。
ここの絵は全然、Ubirrのとは違っていた。
Nourlangieの中の”Anbangbang shelter”と呼ばれる場所は、
20000年にもわたって、アボリジニーの方々に使われてきたらしい。
![]() |
| Anbangbang shelter カンガルーが少女のようにダンス |
![]() |
| Anbangbang gallary Nourlangieの壁画はどれも踊り出しそうだった。 |
Yellow water
Nourlangieから車で30分くらい。
Cooinda lodgeに宿泊。上のような昆虫の物語の壁画をみてしまったからか、
真夜中、自分たちのコテージに、少し黄色の入った大きな黒い虫が二匹出てうろたえたが、
みなかったことにして共存する。
Darwin一帯は、雨季と乾季があって、今は乾季の始まりで、暑くもなく寒くもない。
雨は降らない。
朝日と夕日が毎日素晴らしい。
wifiもつながらない場所である。
Cooinda lodgeのバーで、little creaturesというオーストラリアのクラフトビールと、
白ワイン(シャルドネ)を飲む。オーストラリアで飲む冷たいシャルドネが好きだ。
なんといっても好きだ。
そのバーの灯りをたった数歩離れたら、満天の星空。
また数十歩離れたらBushがあって、Billabong、 湿原、川が広がる。そこにはambushの得意なワニがいる。
次の日の朝、6時45分発のyellow waterのriver cruiseに。
現実のワニは、格好良かった。本当に恐竜のようなぎざぎざした恐ろしい姿、体長5メートルを超えていて、しかし、体を太陽に当ててあたためながら、とても静かに、なめらかに、蛇のようにしばらく併走していった。
乾季のこの湿原は、鳥の楽園。
![]() |
| White-bellied sea-eagle |
![]() |
| Darter |
![]() |
| Cormorant |
どこに何がいるか、周辺視野が発達しているというか、
動物や植物や昆虫の仕事をしている人特有の目をしたnature guideさん。
二時間のクルーズだが、自分の裁量で、操縦士とやっていて、
ユーモアがあって、すごい知性。
無限なんだろうなあ、と思った。
おきまりなコメントは一個もない感じがした。
広大な土地なことはもちろん、
毎日同じ時間にやっても、同じ日の別の時間にやっても、
興味が尽きることがないのだろうなあ。
だから私もいますぐ全てを、という感じはすてて、
自分に聞き取れる分だけ、見分けられた分だけ、記憶して帰らせてもらおうと思った。
そういえば、アボリジニーの壁画についても、こんなことが書いてあった。
The knowledge associated with many paintings often has a number of levels.
Younger people and balanda (non Aboriginal people) are told the first level known as 'public story'.
Access to the 'full story' depends on an individual's progression through ceremonial life, their interest and their willingness to take on the responsibilities that go with that knowledge.
(Kakaduのサイトより)
Darwin to Kakadu
Birds in the wetland
まだ真っ暗の朝六時にDarwin市内を出発して、明るくなってきたときの鳥たち。
Ubirr
Kakadu国立公園の一つの目的地Ubirrは、
5000年前くらいと推定されているものなど、アボリジニーの壁画がある。
"Main gallery"という矢印を目指して歩くと、そこは自然の中の大きな岩場だった。
その岩壁には絵が何重にも上描きされていた。
「The act of painting is generally more important than the painting itself, so older paintings are often covered by younger ones.」(Kakaduのサイトより)
その岩場はなんだか、子供部屋に来たような印象だった。
夢を見る場所。色んな祈りと学びが込められた壁紙。
そんな風に感じた。
そして"lookout"の矢印を目指して引き続きbushを歩いて、別の岩場に出る。
そこに描かれた絵を見ながら登っていく。岩場だから日も避けられるところがあるし、高く盛り上がっているから風が気持ちが良い。ワニもいない。私だったら、ここを家にしたいかも。
私が子供だったら、絶対ここは基地になるだろう。
頂上から見た景色はすごかった。
ああ、この広大な土地が彼らの生きる場所なんだ。
全部見渡してしまうこの感じは、このあまりの広さは、
膨大な生と死を見渡しているようで、
なんだか、あまりにも大きすぎて、この場所があるということを知ったことだけで、
自分の魂が大きくなったような。
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| With Haruna |
Monday, 11 June 2018
Northern territory, Australia
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