Saturday 18 April 2020

秋からはじめたプロジェクト(後篇)

春には大事な課題があった。
ツマキチョウを発見するという課題である。

ツマキチョウは、モンシロチョウととても似ている白い蝶で、モンというべき黒い点もある。
だから普通はみんなモンシロチョウだと思って、見過ごしている蝶がいると聞いていた。
しかもモンシロチョウは秋までいるけれども、ツマキチョウの生息期間は短く、
桜の散る頃から出始めて、たった二週間くらいでいなくなってしまうという。

もし今年ツマキチョウを見られなかったら、また来年の春まで見られない。
50種類の達成も、来年まで持ち越しになる。
新型コロナウィルスで、今私たちは出かけることができないけれど、
今のところ家の周りの散歩ならば許されている。人に会わなければ良い。
私は、ツマキチョウを見つけるというこの課題に、夢中になった。

ツマキチョウが出始めた、と他人のツイートを見ていて知った。
私はこの春、毎日外を歩き回っているのに、まだ一頭も目にしていない。
見かけるのは、モンシロチョウばかりに見える。でも、私も「モンシロチョウだと思っている」だけだろうか。
ところで、モンシロチョウと、ツマキチョウは棲み分けしているのだろうか。モンシロチョウを見つけたら他を探しに行かねばならないのか。それとも、モンシロチョウがいたらチャンスと思えば良いのか。
何もわからなくて不安である。
とにかく、モンシロチョウを見かけたら、追いかけて、相手がどこかにとまるまで見ることにした。羽の裏を確認するのである。
羽の裏は、モンシロチョウは緑色。
図鑑で見たところ、ツマキチョウは下羽の裏が、海の貝のような、白地に黒の複雑な模様を描いている。
裏を確認しなくては。
もう一つの大きな違いは、ツマキチョウは、羽のつま先が、まるでバレリーナの履いたトウシューズみたいに曲がっていて、黄色い。だからツマキチョウという名前らしい。
モンシロチョウのつま先は、もちろん黄色くはなくて、黒い。
だから簡単に見分けられそうだが、はたはたはたと動いているときは、モンシロチョウだって、私の目にはとにかく白いだけである。
動いている蝶は、ほんとうに、図鑑とは別物なのである。
ツマキチョウだって、白く見えるだけに決まっている。
黄色いつま先に気がつけたらラッキー。
とにかく、静止したときに裏を確かめるということを、出始めを知ってから三日間、毎日十二キロ歩いて続けたが、一向に見付からない。

四月七日、片道の六キロが終わろうとしていて、疲れたな、もう無理かも。今年は桜の開花も早かったし、二週間しか出ないというし、うちの近くは、もう終わっちゃったのかも。あるいは、うちの周りにはそもそもツマキチョウはいないのかも。
あきらめそうになったとき、長く続く川沿いの花壇を遠くから低空飛行ではたはたはたはたとまっすぐにこちらへやってくる白い蝶がいる。
私の前まで来て、急に舞い上がって上に架かる橋を越えていこうとする。
高く上がってきて私の顔の前を通り過ぎるとき、黄色いつま先が目に入った。
モンシロチョウよりはっきりとした黒い点がある。
そしてなんだか、まるいかな?でもとにかく、絶対に、先が黄色い!!!
ほんの一瞬、時間がゆっくりにすすんでつま先が確かに黄色いことを確認しただけで、携帯のカメラを構える暇なく、飛んでいってしまった。

人生で初めてツマキチョウを見た。確かに見た。
ほんとうに見たのだけれど、ほんとうに見たと言うことをもっと強く言いたくなって、
もう一度会わずにいられなくなった。
というより
ツマキチョウは、かわいかった。
つま先に靴下でも履いているみたいで。
それから毎日一週間そこへ通ったけれども、会えたのはそのたった一度。
曇りの日で寒かったり、時間帯が微妙にずれたりして、会える蝶がそもそも少ない日も多かった。

桜も散って、八重桜が満開になった。
でも、ツイッターで、今日もみた、今日も見た、と毎日見られている人がいる。
その頃また新しいことを知った。雄が出終わってから、雌が出るらしいのだ。
雌のつま先は、黄色くない。ただ黒いのだそうだ。
すなわち、モンシロチョウと一層似ているわけで、難易度が更にあがったわけである。

しかし、私には一度会えたことで、いくつか手がかりがあった。
ツマキチョウは、(1)モンシロチョウよりはっきりとした黒い点が見えること、
(2)モンシロチョウよりちょっとまるっこく見えること、
(3)飛び方がまっすぐであること、
(4)実はモンシロチョウより、少し小さいらしいこと、
(5)裏の模様が海の貝のようであること。
それにモンシロチョウの飛ぶパターンを観察し続けて、少しは蝶の動きに目が慣れているはずだ。

四月十六日。自分の家の周りはこんなに美しかったのか、と思う。
近所のおじさんの散歩コースを教えてもらって、いままで一度も通ったことのない道を行ったのだ。山沿いの道で、とても日当たりが良い。
ブナの若葉の輝く、主に広葉樹の山である。
気持ちが良いな、と歩いているとぴかぴかした野原に出た。
あっちにも、こっちにも白い蝶が飛んでいる。
白い蝶だけではない。
あれはぜったいに見たことがない風貌、という茶色い蝶が
ちょうど足下の草に止まってくれた。
カメラに収める。(後で調べるとテングチョウだった!はじめまして!)



そして、この野原の一番奥に、どうもいままでの白とちがうように見える蝶がいる。
気持ちがはやって走る。去ろうとするのを追いかける。一転、近くに寄ってきた。とまってはくれないけれど、私の立っている道沿いの、ちょうど私の頭の高さくらいの崖をまっすぐに行く。私の位置から、羽の裏側が見える。黒っぽい、貝の模様だ!!!!!
どきどきした。そのまま走って追いかけた。私の足下まで降りてきた。
なんとカメラに収まった。そして追いつかなくなるまで、見えなくなるまで、見送った。
きれいだった。

胸一杯に来た道を振り向くと、目の前にもう一頭、ツマキチョウがいた。
よくよく見なくても、モンシロチョウじゃなくて、ツマキチョウとわかった。つま先は黒いのだが、モンシロチョウとは何かが違っていた。

私、わかった。モンシロチョウと、ツマキチョウをついに区別することができるようになった。
家の周りに存在するはずの50種類の蝶を、全てカメラに撮るというプロジェクトは、モンシロチョウを綺麗な蝶だなあ、と思ったところからはじまったのだが、
ついに、春だけに見ることができる、まるっこい、ツマキチョウの美しさがわかるようになった。

この地球上にはツマキチョウがいる。

図鑑だけ見ていても、絶対に分かるようにならない。
通常は、子供の頃に、昆虫を大好きで、長い時間追いかけた人だけが知っている。
私は、網を振り回して昆虫観察をする、少女時代をもたなかった。
「今日は寒いからいないだろうな」「今日はいるだろうか」
そんな風に、人間以外を気にして生きることを知らなかった。
それが、今、40歳にしてはじめて、このコロナの不安の中で、身につけられた能力。
(ツイッターと、動画の助けを随分借りて。)

興味のない人には、どうでもよい能力であり、
興味があった人には、当たり前の能力だけど。

新型コロナウィルスで、4月の予定はまっさらになってしまった。
一緒に暮らす両親との生活があるだけである。
政府のメッセージは二転三転、しかも、科学がない。
言葉が守られない。
この国で生きていることが苦しい。
不安でいっぱいで、ツマキチョウのために毎朝起きるということが、生活を保つ鍵になった。
ツマキチョウさん、存在してくれてありがとう。
あなたが出てこられる環境を、守りたいと強く思います。
頭の中に、会えるのを楽しみにしたり、気になったりする存在が、そして自分とはまったく違った生き物の存在ができたこと。
自分で、自分の環境を探索する喜び。
これを知って、何か私が判断をする際に、知る前とは必ず違いを作るだろうと思う。

そして、やってみてこの難しさを知ると、50種類を撮影するという目標の達成は、来年どころか、もしかすると10年くらいかかるのかもしれない。
Active learningは、こういう小さなことから初めて、ずっとつづく趣味を持つことなのかもしれない。





私は遅筆で、なかなか記事をあげられないので、今ここで。
ほんとうに、ほんとうに、みなさん、お気を付けて、誰もが、この危機を乗り越えられますように。

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