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Thursday, 11 August 2011

Tuesday, 20 April 2010

ニューヨークの写真 


Strawberry Fields


From my room in The Pod Hotel


Breakfast in NY.


A girl.


Another girl.


The girl in me


Chinatown in NY

Wednesday, 30 December 2009

年末日帰り箱根旅

知り合いの人に紹介してもらった日帰り温泉に友人と行ってきた。
昔の木造の建物のすてきな場所で、冷たい空気もまた清らかで、
まるで小さな教会の中にいるようで、
湯に浸かりながら話していると、なんだかとっても素直な気持ちになっていった。
言語というものが、いつになく私にとって大切になっている感じがして、
また、それが愛から発せられるように、なりたいんだなあ、と思った。
そしてそれに関しては極めて誠実でいたいなあ、と思った。


温泉を出るとまだまだ時間があったので、
ずっといってみたかった箱根神社(九頭龍神社)を目指した。
芦ノ湖の畔に赤い鳥居が立っていた。
湖から、山の中の社まで、真っ直ぐ貫く階段があり、
風がびゅうびゅう吹いて、湖の波も荒く立っていて、
名前の通り、そこに住む龍が、一気に上まで風と共に駆け上がってもおかしくない気配がした。





まだ青空に出ていた白い月が、ぴかぴか輝くのを見るまで、
友人が準備よくもってきてくれていたほっかいろをお腹に張って、
風の中耐えていた私たちは、
小田原に出て、炉端焼きごはんであったまり、
とっても優しい気持ちになったのだった。


みなさま、ほんとうにほんとうに一年、ありがとうございました。

Sunday, 20 December 2009

Sunday, 13 December 2009

Wednesday, 11 November 2009

Tuesday, 27 October 2009

奈良へ

正倉院展を見に奈良へ。
今日は泊まっても良いし、帰っても良い。
近鉄に乗りながら、駅でもらった近鉄沿線マップを眺めていたら、
どこにでも行ける気になった。
明日は伊勢にも、吉野にもいけちゃうんだな。
今日はとりあえず、奈良。

正倉院展では、子日目利箒に感動した。
蚕室を掃き清めて蚕神を祭る儀式に用いられた箒。
キク科の、節にも蕾にも見えるいくつもの球のある細枝が束ねられ、
その枝の先にはところどころ青い小さな小さなガラス玉がはめられている。
見えない無数の花が咲き乱れるようだった。

そして伎楽面の呉女と十二支彩絵布幕。
この人たちの、儀式というのは、毎日の一挙手一頭足。
にもかかわらず、太い。芯の通った太い、大らかさ。
面を見ていたら口が開いてしまった。



春日大社に行ってみようと思った。



何のお導きか、春日の山。
出会った、と思った。

そして帰った。

Saturday, 24 October 2009

Friday, 18 September 2009

草枕続き

「草枕」の最後ではほんとうに衝撃を受けた。

以前抜粋したように、浮世離れした女とのすがすがしいやりとり。
男はその美しさに翻弄されながら、途中から、
その女の顔を画にするには何かが足りない。それは「憐れ」の表情だと考える。

   憐れは神の知らぬ情で、しかも神に尤も近き人間の情である。
   御那美さんの表情のうちには憐れの念が少しもあらわれておらぬ。
   そこが物足らぬのである。
   ある咄嗟の衝動で、この情があの女の眉宇にひらめいた瞬時に、わが画は成就するであろう。
   然しーー何時それが見られるか解らない。
   あの女の顔に普段充満しているものは、人を馬鹿にする薄笑いと、
   勝とう、勝とうと焦る八の字のみである。
   あれだけでは、とても物にならない。
    (新潮文庫「草枕」p.129)

最後の最後にその「憐れ」が表れる。その描写の仕方が怖かった。


女のいとこが戦争に向かう、それを見送りに行く。
その道すがら、画家と女はこんな会話を交わす。


  「先生、わたくしの画を描いて下さいな」と那美さんが注文する。
  「わたしもかきたいのだが。どうも、あなたの顔はそれだけじゃ画にならない。」
    (p.172)

駅まで行っていとこを乗せた汽車が出るとき
老人は「いよいよ御別かれか」といい
その女は「死んで御出で」という。
汽車が動き出していとこの顔が小さくなっていく。
するともう一つの顔が現れる。
その恐ろしい列車に別れた夫の顔。
その時画家は女の顔に「憐れ」を見ていう。


   窓は一つ一つ、余等の前を通る。久一さんの顔が小さくなって、 
   最後の三等列車が、余の前を通るとき、窓の中から、又一つ顔が出た。
   茶色のはげた中折帽の下から、髯だらけな野武士が名残り惜しげに首を出した。
   そのとき、那美さんと野武士は思わず顔を見合わせた。鉄車はごとりごとりと運転する。 
   野武士の顔はすぐ消えた。那美さんは茫然として、行く汽車を見送る。
   その茫然のうちには不思議にも今までかつて見たことのない「憐れ」が一面に浮いている。
   「それだ!それだ! それが出れば画になりますよ。」
   と余は那美さんの肩を叩きながら小声に云った。余が胸中の画面はこの咄嗟の際に成就したのである。
    (p.178)

こういう男の人の態度が、私に最も足りない物の気がする。

斎場御嶽の植物ばかりが頭の中に浮かぶ。

Tuesday, 15 September 2009

Friday, 21 August 2009

油壺



色々な出来事、色々な想い、友達。



色々な人たち。