Tuesday 12 April 2016

丸亀のうどんやさんのこと

4月5日、瀬戸内美術祭で鳩くんの作品がある沙弥島を訪ねて、
夕方宇多津の古街を歩き、丸亀のホテルに入る。
夜7時くらいの丸亀は、静か。
暗い飲食街の赤い明かりの下、おじさんが二人でなにやら言葉を交わしている。
いったり、きたり、
常連さんがすでにいっぱい入っていて、明るい小さな居酒屋さんは、
きっと美味しいのだろう、と思うのだけれども、
一人で入る勇気を出せず。
結局ホテルまでもどってきて、目の前にある物静かなうどんやさんに決めた。
チェーン店じゃないから少しはこの地のものがあるだろうし、
もしビールは飲めなくても、ホテルに帰ってのめばいいんだ。
自分なりに幸せを保つ計算をして、引き戸を開ける。

色黒いカウンターと、座敷席がひとつかふたつ。
カウンターの一番奥に、常連さんらしい壮年カップルが一組、お酒を飲んでいた。
おさけ、大丈夫みたい!と心の中でガッツポーズをして、
カウンターの一番手前、引き戸に一番近いところに座る。
生ビールをお願いした。

メニューには丸亀の街中でたくさん目にした「骨付鳥」の文字もある。
それはなにかと尋ね、あれですよ、と指されたポスターには、
クリスマスに昔食べた、銀紙を足に巻いた照り焼きの鳥の胸肉みたいなものが、
炭火で焼かれてどーんと写っていた。
これは一人では食べられない。
ササミの塩焼き、というおとなしそうなものにしておく。

奥の常連さんたちのうどんやトークが聞こえてくる。
○○チェーン店は高い、あれはありえない、てんぷらうどんがなんとか・・・
讃岐うどんの文法の判らない私はなんとなくどきどきしてしまう。
おなかがすごくすいていて、この後てんぷらうどん食べようと思っていたんだけど、
大丈夫かしら。

おじさんがトンっとササミの塩焼きを置いてくれる。
「これな、まだ赤いように思うかもしれないけれど、大丈夫だからな。
生みたいだけど、こうして食べるものだから。これがうまいからな。」

なんだか薄暗い飲み屋の明かりでまだどきどきしている私には
赤いも何も判定できなかったけれども、
そうかそうかと口に入れる。

やわらかくって、しおとうっすら柑橘系の酸味で、じゅうっと深い味がでる。
うんうん、こうして食べるものだね、おじさん、ほんとにおいしいよ、
とぱくぱくごくごく行きたい。

「どこから来たの?遠くからやろ」

「神奈川県です。」

「一人で?ここに」

「はい」

「仕事かい?」

「瀬戸内美術祭で沙弥島に来たんです。」

すると「それでかあー。」っと奥の常連さんも混じった会話になる。

「瀬戸内美術祭やて。あれなあ。期間限定とかで沙弥島とか色んな島でやってるんよな。
直島が一番有名なんよね。地元の人はあまりいったことないかもしれん。俺らが子供の時に沙弥島は陸続きになったんよなあ。」

「今ちょうどこんぴら歌舞伎でしょ。役者さんたちも昨日ぐらいからこっち来てるのよね。
なんだっけ、あの人、あれあれ、あの人、だめだぜんぜん思い出せない、好きだったのに。」

「丸亀城は見た?ちっちゃいの。見たら、ちっちゃ!って絶対言うわ。プラモデルみたいやもん」
「失礼だけど、あのホテルいくらぐらいするんかな?ずっと不思議だったんだ。
でも、それやったらまだいいね。美術祭のために一泊で来たんかー。あ、でも電車か。そっちは高かったやろー。。。」

不慣れな人を気を遣って、声をかけてくれて、あったかい場を作ろうとしてくれる。

ささみを食べ終わる頃、がらっとほかの常連さんが一人で入ってきて、カウンターの真ん中に座る。
「お酒とうどんねー」
これを機会にわたしも、てんぷらうどんをたのんでみた。
自然ともとの奥の二人は二人の会話、おじさんはてんぷらをあげる、私は私の時間となって、場がおちついていく。

じゅうううっという時間が流れて目の前に出てきたのは、
おっきなエビ一本ののったおうどん。
おもしろいなあ、てんぷらっていうのはえびのことだけを指すのだなあ。

関東の私には、つゆは少しうすく感じもするのだけれども、
てんぷらもおいしいし、おうどんはやっぱりおいしいな。
もくもくと食べる。

ふと顔を上げるころ、
おじさんはもう一人後からはいってきた常連さんのおうどんをつくっている。
水につけて。。
目が合うと、おじさんがにっと笑った。
「しょうゆのうどんたべたことないやろ」
「まってろ」
「これがほんとうのこっちのうどんやからな」

とん、っとだされたのは、たっくさんの小口ネギにおしょうゆがたらっとかけられたおうどん。
「たべてみい」

遠慮なく頂いた。うすい、と感じていたさっきまでのおうどんがうそみたい。
やっぱりどこか遠くで酸味があって、芯の温かいなめらかなおうどんがぴったりの塩分でずるりとはいってきて、
とめられない。
「うそみたい、びっくりです!」
というと、「びっくりしたやろう」とおじさんがニヤリと笑った。
そうか、こっちのおうどんは、おうどんがおいしいから、つゆはやっぱりいらないんだ!
おしょうゆとねぎだけでこんなに成立しちゃうんだ!!!!!!!!
お醤油もネギも、お皿にわずかに残っているのさえもったいなくて頂いてしまう。

一晩でうどんを二杯食べたら、
15キロ近く歩き回ってくたくただったのに、すっかり顔に血が通って元気になってしまった。
それで、ごちそうさまでした、というと、しょうゆうどんが全然含まれていないから、
どうか、こちらも、というと、
「うどんおいしかったやろう。この店のこと覚えておいてくれな」とおじさんがいった。

いつ来るか、また来られるか、わからないような人に、「覚えておいて」。
とっても大切なことに思われて、
できるだけ力を込めて「はい」といった。

小学校の頃、父方のおじいちゃんが亡くなったときのことを思い出してしまった。
まだ小さかった私はおじいちゃんの亡くなる晩、母方のおばあちゃんと家でお留守番をしていた。朝目が覚めて、自分の部屋から階段を降りて居間に向かうと、
おじいちゃんの病院の荷物が廊下に置いてあった。
「おじいちゃん、かえってきたの!」と大声を上げると
ママが居間から出てきて「おじいちゃん、死んじゃったんだよ」と真っ赤な目で言った。

大泣きしている最中に、わたしが一番気にしていたことは、
おじいちゃんの最後に、私だけ居なくて、そのとき、おじいちゃんはわたしのことを思い出していたか、ということだった。

亡くなってしまえば覚えているもなにもないのだが、
私がいるということを覚えておいて欲しい、とあんなに強く泣いた気持ちで、
うどんの味の残る舌に意識を集中させて、
できるだけ強く、「はい」といった。

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