Monday 29 August 2011

五島列島 野崎島



信仰の人々の住んだ、その痕跡の島。

フェリーから下りると、すさまじい風景が広がっていた。
風雨に晒され灰色になり、崩れ落ちた木造の家々、瓦の屋根の重みで潰れた神社、
陶器などの残骸、真っ赤な土の段々畑の跡、そこに草が茂り、それを野生の鹿が食べる。
歩きすすめる度にギチギチ、シャーシャーと耳元で蝉が迫り、真っ黒いお腹をひたすらに振動させている。
尋常でない量のトンボが低空飛行してきては、何の油断もない野生の鹿の目線を感じ、その足音を聞く。

無人島だとは知っていたけれど、かつて人がここに住んでいたことをしらなかった。
(この日は、私達と、私達が宿泊するから一緒に滞在して下さる管理人の方と、水質管理にやってきた方の4人だけだった。)
そんな風に軽トラックの一台やっと通れるくらいの細い山道を20分ほど進んでいくと、
唯一今でも大切に大切に管理されている、教会と、かつては学校だった宿泊施設にでる。

本当にすさまじいが、人間がいなくなってしまった跡がすさまじいだけではない、
人がいなくなるとはどういうことか、だけではなくて、
ある人がいかに生きたか、ということが輝いてくるような島。

この教会はもう使われていないから、とても、とても、静かで、
でも元々ほんとうに、華美なところがいっさいなく、
だけれども、わたしは初めて、ステンドグラスってこんなに美しいものだったんだと知った。
複雑な模様、細工、とかで勝負されたものではなくて、
木造の床の四角い空間の真っ白い壁に、どういう光が入るか、
ここを訪れる人にどういう体験をさせるか、
そういうところでものすごく、丁寧に丁寧に、ものすごい信念を持って作られた教会であることがわかる。
とにかく精神に満ちてた。
自分に依頼した人達の気持ちにはっきりと答えるような、
そして、
ここを訪れる人にどういうことをつたえたいか、
そういうはっきりとした意思のあるような、
何か大切なものをはっきりと示されるような、
でもそこで、ゆっくりと私は眠り込めるような。

(ここがあまりにも衝撃的なところだったので、私達は今回、他の島に移った後も、この教会を造った、与助さんという方の教会をめぐる旅をすることになったのだった。)
(それから、このステンドグラスの感じは、私は、マリーナ・アブラモビッチの作った新潟の「夢の家」を少し思い出したりした。)

作った人、依頼した村の人々、
(友人が調べてくれたところによると、この人に作ってもらうしかないと、
この村の人達は、自分たちの食事を削って、自分たちでお金を工面して頼みに行ったらしく、
そういう人達にものすごく強い影響を受ける。)
そして、この何も行われることのなくなった教会を、今大切に管理している人達のことや、
色々なことを抱えて遠くから訪れる人達のことが想像されてくる。
永遠に残り続けるってこういうものなんだ、こういうことなんだ、
そういう風に思った。
そして今ここにいる私達のこともまた。

本当に静かな姿をしているけど、
永遠に残り続ける息の音を聞くようだった。
本当に美しかった。

五島列島の他の島も幾つか移動して、今回見た教会達は、
一つ一つが、一つ一つの人生が匂ってくるような、
そういう風に作られて、守られてきた、本当に個性的な教会達だった。

でもこの野崎島は、私一人では絶対来られなかった。
友人に感謝。

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