Tuesday 20 November 2007

One of themとして

今日芸大で、BRUTUSの副編集長鈴木さんのTALKがあって、
飲み会に植田君とかきて。
そこで、すっごくすっごく大事なことに気がついた。

科学も、ある偉大な仕事を誰がやったとしても、
世間の人にとっては関係ない、という事実。
ある偉大な仕事の恩恵は誰にも彼にも注がれる。
それでいいじゃないかと。
そんな仕事がしたい、と。

ずっと、私じゃなくちゃできないこと、とかにこだわって、
他の誰でもできる仕事は嫌だな、と思ってきた。
でもそれは違う。

仕事に、私の名前がついてなくていい。

そんなことを思い始めたのは多分、
この一年の全てが詰まってる。

PhDをとれたこと。
オーストラリア。
そしてお仕事。

オーストラリアですごした2ヶ月の中で、
私は自分の中での劣等感が消えず、劣等生として過ごした中で、
うすぼんやりと、ある枠組みの中で優れた人として、色んなことに敏感で、
そうでない人に苛立ちをもって、優れた人ばかりを周りに集めるよりも、
ずっとずっと、色んな人を愛することの方が難しくて大事なことなんだ、と思うようになった。
日本にいた頃の私はまさに、その、気に入った人としかあまり話さない、という人間だったな、と気がついた。
Davidが誰に対しても絶対に嘲笑をしないこと、そしてみんなが常に建設的であろうとするところを見て、
私の中で何かが大きく変わった。

日本に帰ってきて、
色々な方のご配慮で、様々なお仕事に関わらせていただくことになって、
周りに全然違う分野の人がいて、お互いに今までどんな仕事をしてきたかわからない中で、
脳科学者の一人としてお手伝いをさせていただく、ということになった。
誰かの求めてることに対して、どれだけ答えられるかということ、
違うバックグラウンドの人には、どういう風に映るかを考えること、
みんなにとって面白いということを考えること、それを伝えること、
どんな風にしたら面白くなるかをみんなで考えること、
自分の求められているものを知ること、
今までしたことないことばかりで、最初は本当の自分じゃないように感じたけれども、
今は、そういうことでがんばることができるたびに、自分をすこしずつ解放していってるように感じる。
見えなかったものが見えてくる気がする。
できるようになりたい、良い仕事にしたい!人を愛したい!ふかくふかくふかーく。

私は、私が成功することだけを考えていて、そのことが何にも意味を持たないことを知らなかった。
私が知っている、ということには何の意味もない。
なんていう自由な世界だろう。なんて明るい世界だろう。

先日、茂木研の卒業生で、大好きな先輩の、ながしまんと電話で話したら、
ながしまんがいっていた。
”もぎさんがある日いっていたのだけれど、
「本当に大事にしていること以外は世間に合わせる」って。”
なんて覚悟か、と思った。


@Kuruma-ya, Nezu, Tokyo

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